ゆるりとフルナ

我犬フルナと共に過ごし、老犬介護について記す為に始めたブログ。その後保護犬の一時預かりを経て、2代目シャルとの生活が始まりました。

シャル6歳の誕生日。

シャルの推定誕生日を10月24日にしている。
6歳。うちで迎える4回目の誕生日。早い。
今年は春から先、普段の散歩コース以外のお出かけに連れて行ってあげれてない。
申し訳ない。しかもここへきて予想外の仔猫。
誕生日の晩御飯は牛肉のチャーハンにしました。落ち着いたらどこかに行こうね。

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そんなシャルのバースデー。
ふと思って仔猫はシリンジなしにトライした。自分で食べなきゃ強制給餌に戻すつもりで、今日は自身の口からどのくらい食べるか見てみようかと。
子猫用のドライ、子猫用ミルクでドライをふやかしたもの、ウェット。
3皿並べて好きなものを食べられるようにした。
抗生剤のみスポイトで入れる。猫用ミルク(粉を溶かしたもの)は最初こそ見向きもしなかったが最近好きになったようでこれだけはあげると全部飲む。
で、強制給餌で入れている量には全然及ばないのに、体重は1日で40g増えていた。
給餌無しでこのままいける気がした。
体重がまだ足らないからちょっと怖かったけれど、シリンジなしにトライしてよかった。

そして保護からここまでずっと台所のみで過ごしていたけれど、試しに住処のケージ(先代の使っていた大きい犬ケージ)をシャルのいるリビングへ移動。見えないように布で囲って。鼻鳴きしながらケージの周りをウロウロしていたが、保護当時の態度と比べたら落ち着いてきている気もする。

猫の名前は「フェリチタ」に決めた。愛称フェリ。

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見えない。。見たい。

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ものすごく見たい。。

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まだ見られたくないでち。。

保護からここまで命を繋げる事を目指してきたから、元気になった先の事、家に迎えるのか里親を探すのかはあまり考えなかった。でも後ろ足を片方引きずるのは確実と思っていて、両目完全に見えているか分からない感じもあり、もしかしたら脳の方も?という感じで。そうしたら里親は少し難しいだろうなあというのはあって。
元気になってからでないと彼女の体の状態が読めないから、兎に角、命の心配がなくなってから考えようと思っていた。
で、そうなりつつあるので次の段階。
シャルとの相性を見ると云う、私にとって第二の難関がやってきた。
やっと元気になってきた仔猫をシャルが万が一何かしてしまったら。。と思うととても緊張する。
相性がよくなかったらみんなの為に里親にだす可能性があったから、あまりぼやぼやも出来ない。少しずつ近づけていくミッションの開始。

保護から10日間のこと。

保護翌日、殆ど食べず。
犬や猫や鳥さんなど保護の経験を多くしている友人が様子を見に来てくれる。ヒルズのa/d缶や高栄養パウダー等、色々持って。
食べないし、昨日より目に力がない感じ。昨日は足を引きずりつつも歩いたのに今日はほとんど歩かずで、友人から右後ろ足が腫れていると言われ見ると、確かに左足の2倍はある。食べないことにいっぱいいっぱいで気付かなかった。

心配になりこの日も夕方から獣医さんへ。
後ろ足は先生が押すと傷口から膿が出てきた。。
指で口にウェットを入れる強制給餌を教わって、今は栄養がどの位取れるかどうかで命が繋がるかが変わってくると言われた。「強制給餌」はフルナの介護の時のイメージを思い出させるワードで、「でもこの場合は違うのだ」と自分に言い聞かせ腹を括る。
家に戻って20g程度お口に入れた。

保護から2日目。
ケージのドアを閉めずにいたら歩いて出てきたようで、リビングとの境越しにシャルが仔猫に気が付いて鳴いていた。全体の感じが昨日より良い模様。
強制給餌は難しい。仔猫の口があまりに小さくて、私の指先にちょこっとのせたフードも殆どが口からもれてしまうのだ。この日保護して初めてのウンチが出た。
何故か私の情緒が不安定で、ふとした拍子に涙が出てくる。給餌しながらお守りのように音楽をかけていたらまたいらぬスイッチが入りどばどばと涙が。そうしたら給餌を嫌がって暴れていた仔猫が私を瞬きもせずに目を見開いてじーっと見上げ続け、しばらくして泣き止むとすいすいと食べてくれた事があった。びっくりして不思議で見ていたのかもしれないけれど、こんなに小さいのに、猫ってなんだか不思議だと感じた。

保護から3日目。朝の体重は465gで保護時から25g増えた。
昨日の夜の給餌からシリンジを使ったものに。指の給餌では私が下手くそで1時間に10gも入らない。シリンジだと誤飲の危険があると聞いて怖かったけれど、指の給餌だとただお互いに疲れるばかりで仔猫にもよろしくないと思い変更。
具合がわからないのでシリンジの目盛を見ながら1目盛ずつ入れていく。時間かかるけど指よりはマシ。
数時間おきに15g程度。a/dを少しのお湯かシャルの手作り食を作る時に鶏スープを少し分けておいた物で溶く。それをシリンジに2本(その後1本+1/3本に変更)。最初はあげ終えるのに1時間以上はかかった気がする。
この日夜の体重は500g。

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途中で休憩しながらの給餌。ジタバタになっても一旦寝ると結構また受け入れてくれる。その間シリンジ内のフードが冷えちゃうので膝に載せた湯たんぽで仔猫と一緒に温めていた。

1日70-80gのa/d缶を給餌する様に決めて、保護から10日間強制給餌をした。
互いに少しずつ慣れてきて体重もじわじわと増えてきたけど、途中獣医さんで新たに首元に大きな穴が見つかって、中が腐っていて、見たらクラクラする程の傷で。給餌の際にもうイヤだー!と暴れるのだけど、あんな傷がある仔猫の動きとは思えない。なんてタフな子なんだ。。と
保護時にあんな状態であんなにも大きな声で鳴いていた事に納得した。

ウチと少し遅れて犬友さんが生後2週間の仔猫の世話を始めて、見つかった際は兄妹5匹中の1匹だけ亡くなっていたのだそうだ。
人間も生命力の差ってあるし、それは一体何なのだろう?と目の前の実感として思った。生まれ持った物なのだろうけど、それっていつどうして決まるのだろう?と。


仔猫は鳴くことは危険を呼ぶことだからギリギリまで鳴かないと友人に聞いた。だからあの日大声で鳴いたのは、彼女の中で決心したからなのだろうと。

保護した日、外に見に行く前、見つけちゃったらどんな場合でも面倒見る覚悟を「よしっ」と自分に改めて確認して見に出た。互いに覚悟を決めた出会いなのね。
今となっては何だか笑ってしまう。笑える位に元気になってくれたって事なんだけど。

10日間で体重は560g位になった。
自力で食べてくれる日が来るのだろうか?と思いながら過ごしたけど、10日目にほんの少しずつ自分で口をつけてくれるようになり感激した。

 

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保護から4日位したら遊び心が出てきた。犬グッズしかないウチ。慌てて毛糸でおもちゃを作る。

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左の首元に更に大きな穴。結局首元は全部で3箇所。軟膏を塗って、中の腐った組織が落ちて皮膚が盛り上がってくるのを待つ。右足にも軟膏を塗るので舐めないように軍手の指をカットして履かすといいというアドバイスをもらった。

 

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食べたーーーー。


続く。

仔猫保護。10/13

仔猫を保護してから怒涛の1ヶ月。自分の為の記録。

10月、台風19号が過ぎた午前中から定期的に猫の鳴き声が。
近所で猫の親子が鳴き合いながら歩いているのを以前何度か見かけていたので、その親子がはぐれてしまったのかな?と軽く思っていた。
声は聞こえなくなったりまた聞こえだしたり。午後になっても聞こえてきたので流石に心配になって外に出ると居場所が直ぐ分かる程の大きな声量だった。音源は空き家になっているご近所のガレージ。

覗くとその声からは想像できないほどの小さな仔猫で、驚いて2度見した。そして予想外の事に若干慌てて家に戻りダンボールを持って現場に戻る。

仔猫は威嚇もなく大人しく抱かれてダンボールに。

Rescued Kitten


家では犬が玄関で待ち構えてるし、さてどうしたものかと箱を下に降ろすと、必死な感じで箱をよじ登って私の足元にヨロヨロやってきてはぴとっと座り込む。それを何度か繰り返し、ではとにかく中に入れてしまおうと犬に見えないように物凄い速さで仕事場に猫を連れて入る。
水は飲んで、タオルに包んで膝に乗せていたら直ぐ寝入ってしまった。

 

Rescued Kitten 2019/10/13

Rescued Kitten

 

獣医さんは夕方からの診察開始だったので数時間ある。うちの犬、シャルの預りさんは「ちばわん」で仔猫も沢山お世話されているのを知っていたので、猫の写真を送ってアドバイスを仰ぐ。
とにかく暖かくして下さいと。台風一過で暑い日だったので思い至らず、そうなのか!と慌ててペットボトルにお湯を入れてタオルでくるむ。

夕方車で獣医さんへ向かっている時、前方を見たら赤みを帯びた満月が低い位置にあって、それを見た途端すーっと気持ちが落ち着いてきて。なんの根拠もなく「ぜんぶいい方向にいく」という感覚が訪れたのを強く覚えている。

獣医さんに行くと栄養失調(生後50日程度で440g)、恐らくカラスからの咬傷で首と足に傷があって中に膿が溜まっている、事故にあったような痕もあるので脳への影響も今後出るかも、との診断だった。
そんなに酷い状況には見えていなかったもので「そうか~」と思ったけど、獣医さんで出してもらったウェットフードもぱくついたし、その日はそんなに心配してはいなかった。少ししたら元気になるだろうと割と軽く受け取っていた。

抗生剤を出してもらってその日は帰る。
ウェットなら食べるでしょうと帰りしな缶詰と猫砂を購入。

しかし、家に帰るとそこからほとんどまったく食べなくなってしまった。

続く。

 

♫ラップ

去年の近所の大花火大会。シャルは音響シャイはないから大丈夫でしょうと気軽に家で過ごし、最初のドーン!で家が揺れシャルさん慌てる。
それから1時間半だか2時間だか、音楽かけて(とにかく花火が大音量なので何の助けにも成らず)、スリングに入れて、ずっと室内歩いてました。

飼い主やってしまった。音響シャイって途中からもなるのですね。
それからは遠くの花火、雷の時にソワソワウロウロ。今年の夏は雷が多かったのでスリングが大活躍でした。

シャルを迎えた当初に始めたテリントンタッチ。
本を買って、時間を決めて結構な長さでタッチをしていました。明確な効果はよく分からないけど気持ちよさそうではあった。

Tタッチのテクニックでボディラップといわれている物の存在も読んでいたけれど実践はしたことがなくて。音響シャイ、分離不安にも効果が期待できるとの事で、お留守番が逆戻りしている今こそボディラップ♫
で、ラップ用にバンテージを用意しました。
適度な圧を加える様に巻いて20分以内とのこと。

バンテージが到着したその夕方、奇しくも雷。本格的に鳴り始める前に巻いたらば。「あら?」分かりやすく何か様子が変わった。
ウロウロビクビクしそうになっていたのが止んで少し落ち着いている模様。巻かれている事には不思議と嫌がっている感じが見られなかった。多分飼い主の気のせいでは無いと思われる。

Tタッチ面白いなあ。

きちんとワークショップを受けてみたいけれど、都会での講習しか見つからず。
ボディラップ。出来たら毎日、数日おきとか、定期的に続けてみようと思う。

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ラップ中。「♫ Hey ! yo !」

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「♫ ✗*&!✗✗#~ シャルちゃんだぁYo !!!」

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「♫Hey Ho Let's Go ! Blitzkrieg Bop 」(ラップ違う)

現在お留守番練習は1時間まで鳴かずに待っていられるようになってきた。
目指す!落ち着いた状況で待っていられる3時間(取り敢えず)。
最終的に5,6時間出来るようになるのが夢(飼い主の)。

来月の花火大会は家から逃げます。

 

昇華と丁寧さ。そして好奇心。

色んな思いを呼び起こす記事を読んだ。

記事内のどの段落にもしみじみと感じ入るコトバに溢れていたけれど、最近あった事で印象的だった事が最初に思い起こされた。
知人の女性がいる。オーダーメイドの打ち合わせや引き渡しの時などにお会いする女性で、お茶飲みとか共に出掛けたりとかではない友人。彼女のお父様が書家で、私が書の個展を見に行った会場でお会いした方で、とても控えめで静かな佇まいの女性。
で、先日お引渡しの時に色々お話してて、私の制作するもの達に関しての感想を下さったのだが「つくり手の経験や見てきた物が背景に見えているものに私は惹かれるのだ」と。人の心を掴むのってそれがないと無理だと思っていると言っていた。
彼女も物をつくり出す人なのだけど、今までも色んな分野のいい物を見る事をずっと心掛けてきたそうだ。
私は好みの物は見に行くけれど全般ではない。でも見てきた物、経験してきたいい事やかなしい事、葛藤や落としてきた思いなんかが、自分の引き出しに入っていて、いい具合に表現の欠片となっているのだったらこんな嬉しいことは無い。
闇の部分を昇華させてうつくしいものにするのが醍醐味、みたいな事も言ってたな。完全に同意。
ダークな部分を無い振りで隠して綺麗に飾るよりも、明るい暗いどちらも内側に存在する事ありきで現れてくるうつくしい物の方が私も好きかな。私が言葉が嬉しいと彼女に言うと「でもごめんね、多分少数派の意見だけれど」と言っていたけど、1人でもそんな風に感じて受け取ってくれている人がいるのってすごい事と思う。

以前彼女からの言葉が自分にとって過去最高の褒め言葉だと思っていて、「綺麗なだけでなくて毒があるから好き」と言ってくれたのだ。嬉しくて鳥肌たった。

昨年辺りから仕事に関して感じている部分、迷い不安や手応えとか。今回頂いた言葉も今の自分に、そしてこれからに、とっても必要な言葉だったと感じた。
いただく褒め言葉は感謝はすれどあまり受け取らない傾向がある私だけど、彼女の言葉は不思議な程素直に入ってくるのだ。人からみて彼女の様に「信頼できる言葉」をだす人になりたいと思った。相性もあるのだろうけど。

島の頃にあった友人関係の様なのはこちらではつくれてないけど、自分にとってかなり希少な、素晴らしい出会いを貰っているなあと感じたのでした。寂しい事はあるけど内地に戻ってよかったと思える事の方が多いかな。

そして記事にある奈良さんの言う共感、想像力、「置き換える」能力。
ネット環境で入ってくる情報量は莫大で。遠くの出来事を知る事が出来るありがたさは感じつつ、段々と「丁寧さ」が置き去りになっていく自覚がある。
個々の出来事にある程度丁寧に向き合わないと、共感する能力って衰えてしまうのではないかという不安感。社会の出来事1個ずつにみっちりなんて無理なのは重々分かってるけど、あまりに駆け抜けっぱなしなこのスピードをどこか不安に感じるのは少数なのかな。
早すぎるスピード故の、出来事に対する「ま、いっか」は出来る限り持ちたくない。それ程自分を信じてないから、一回許すとどんどんまいっかの人になりそうだから。

色んな知らない事、歩いていない土地、見ていない物。
自分は好奇心が強いとずっと思ってきたけど、最近は踏み出す事に以前よりも「えいや!」の力が必要になってる気がする。
でもやっぱり知らないことを知る、人と出会うのって重要。共感力を育てる面でも。

 

一旦3時間のお留守番が出来るようになったシャルだけど、近頃またパニック気味に泣くようになって30分の留守番練習からスタートしてる。何が理由か分からない。難しいな。
犬に負荷をかけるのだったら自分が我慢する方が気が楽な性格で、でも我慢が年単位になってくると色々溜まってきてしまう。折り合いが難しい。
シャル、お互いニコニコにしたいね。がんばろうね。

久しぶりにブログを綴って、言葉にするのってやっぱり好き。
遡って読んで、シャルのこれまでの過程を思い出したり。犬のことや自分の思い、自分の愉しみ用に書きたい時は書こうと思った。

 

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シャルさん。お留守番、やっぱり嫌ですかね?
にっこり顔で「うん。いやっ!」といいそうなキャラのひと。
大雑把な性格もあるのにこれだけは根深いなあ。私の進め方がまずいのか、それだけキツかったってことか、たまに以前の飼い主にこんちきしょーと思ってしまいます。ごめんなさい。

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ウチに迎えて最初の頃、シャルが欠伸をする時に真似をしたら「!」という驚いた表情をして、それから欠伸をよくするようになった。ふと歯をむき出した欠伸をシャルがした時に私が可愛くてキャッキャと喜んだ事があって、その後甘えてる時やご機嫌な時にこんな風にわざと歯を出しながらする癖が。私には可愛いけど、絵的にご機嫌さんには見えないね。

 

お花見2018

特にこの冬の寒さは長くてきつかっただけに、春であることそれだけで嬉しくなる。桜自身も冬を超えて、「よくがんばりました」と咲き誇っていた感じ。
もうすっかり花が散って葉っぱが出てきてる桜たち。
散り始めの頃にお花見に行ってきた。

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シャルはまたもや抜け毛がすごいので久し振りの洋服着用。
飼い主が大事にし過ぎて(笑)あまり着る事が少ないラグランTシャツ。これは素材が窮屈でないせいか本犬も嫌がらない。そしてよくお似合いです。

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ランラン♪タッタタ♪

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ここは古墳群の周りを大きな桜たちがグルっと囲んでいるだだっ広い公園。人も少な目で、まったりと居心地よく桜が眺められる場所。
昨年もここに家族でお花見に。今年はランチ持参で(シャルはおやつ)。

急に強風が吹いて、広場全体を桜吹雪がサーッと横切っていった。
突然のその光景にそこにいた皆がしばし興奮状態。
なんて平和的なんだろうと。うつくしい景色だった。

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やっぱり桜っていいなと思った春の1日。
シャルも満喫のご様子。

 

大事な引き出し。

ここずっと年単位の「冬眠」に入っているような気がしていて、体調もあって、それもよしとしていたのだけれど、昨日ふと(感覚的にだけれど)冬眠から出るのかわたし?という気分になった。それからつらつらと頭の中で思った事が今日SNSで友人が同じような事を書いていて。人の文章で読むと改めて心にしっかりと落ちた気がした。

島から出て間も無く7年が経つけれど、初めの頃の七転八倒から徐々に内地の空気にこなれてきた所もあって、そう云う意味ではここで自分の世界も少しは積めてきた安心感もあり、また別の意味では自分自身への「おーい、大丈夫?」みたいな不安感もあり。

私は沖縄を旅して好きになって島に移住したパターンではなかったので強い思い入れみたいのはないまま生活がスタート。おまけに仕事上、祭事やイベントにもあまり出向けなかったし、島に根付いた生活という程ではなかった。
でもあそこで暮らす毎日でしっかりと身に付けられていったのは価値観だったと感じてる。人からもだろうし、自然からもだろうし。無意識に身につけていったもの。
自覚はしていたけど島を出てからは余計に認識する事も多くて、自分にとって島で出来上がったこの引き出しはタカラモノだと感じていた。
不安感と云うのは、ここでの毎日でそういったタカラモノまで少しずつ溢していっているのではなかろうか?というような不安。

 

「カンタ!ティモール」という映画を数年前に観て。すべてがとてもとても心に残った映画で。上映後にあった監督の講演を聞きながら映画で緩くなった涙腺が崩壊したのだった。
昨年末に主人公のアレックスが急逝し、東京での追悼の会の様子をYoutubeで拝見して、監督の「ちょっとずつ諦めていった先に戦争があるのかなと思う」という言葉を聞いた時、後ろめたい気持ちがあった。
こなれていく事に比例して自分の中に「諦め」が増えているような気がしていたからだと思う。


内地に戻って7年経ってもまだあるアウェイな感じ。
それを無くしていこうとするのでなく、在ったほうが、出来るならのばしていった方がいいのでは!というのが昨日頭のなかでつらつらと思った事だった。受け取った大事なタカラモノは失くしたくないから。


講演会で涙が出て出て仕方なかった。アレックスからの伝言。
自分のために書き起こし。
「自分たちの仲間が10人にしか見えなくて、対するものが大きくて巨大で1000人に見えても、あなたのやろうとしている事が命に添ったこと、命が喜ぶ仕事であれば、亡くなった人たちも生まれてくる人たちもついていてくれるから、それは1000どころじゃないから、恐れないであなたの仕事を続けて下さい。仕事の途中で命を落とすことがあるかもしれないけれど、それでも大丈夫だから恐れないで下さい。もしどうしても心細くなったら僕たちの事を思い出して欲しい。僕たちは小さかった。あの巨大な軍を撤退させるということは出来たら奇跡だと笑われた闘いでした。でもその軍も最後には撤退しました。それは夢でも幻想でもなく現実に起きた事で、目に見えない力も僕らを助けてくれたからどうか信じて下さい。」

恥かしくなく、いきたい。


映画『カンタ!ティモール』アレックス追悼の会